2003.08.16
覚えているうちに書き記しておこうと思う。
結局あのお祭りの日、選ばれた少年が死んだ。選ばれた少女は無事だったが、目が見えなくなっていたという。外傷はないので、心因性の何かだと思う。あまり詳しい話は聞けていない。何が起きたのか、よくわからない。
祭りは予定通りに始まった。予定通りに順調に進められた。私たちはビデオカメラとデジカメを使ってその様子を撮影し、宴会の輪に加わって朝を待った。祭りの詳しい内容はあえて触れないでおこうと思う。だが、嵐と言ってもいいようなあの天候だったにもかかわらず、誰一人として中止を言い出さなかったことは、今では納得できる。轟々と唸る滝音、いつにも増した水量にも、選ばれた少女や、その両親もが中止を言い出さなかった事を、あの時は異常にも感じたが、今では納得できるのだ。
彼らが怖れたのは悪天候や、祭りを実行する上での水難事故では無い。彼らが怖れたのは守られるべき手順が守れない事だったのだ。
朝になり、少女を迎えに行く段になって、私たちに撮影のお誘いがあった。こちらは別に禁じられていたわけではないが、祭りの手順を聞いて自粛していたのだ。洞窟に少年が入り、少女とともに出てくる。そして二人は神主が待っている上社まで戻り、祭りは終了する。まあおいでなさいと言われてついて行ったのが原因だったのだろうか?
だが、その時には全て終わっていたのだ。
上社、と呼ばれる祠に着くと、神主にここで待っているよう告げられた。私たちは言われた通りにそこで待機し、少年が少女を連れてくるのを待った。しかし、しばらくして少年が困惑顔で戻ってきたのだ。
「少女の様子がおかしい」彼はそう言った。そして私たちは急いで洞窟まで行った。何か、風邪でもひいたのだろう。あるいは事故にでもあったのか、そう思っていたのだ。
そこは洞窟の中にしつらえた小さな祠のようだった。注連縄の巻かれた大岩の脇にボロボロになった木戸があり、彼女はその中にいた。彼女は虚ろな目を一杯に見開いて、私たちが来たことにも気がついていないようだった。ただ、呆として宙を眺めていた。神主さん肩を揺すられても、なんの反応もない。彼女はただ木戸の中のさらに奥をじっと見つめていた。神主さんは彼女を背負うと出口へ向かうよう皆に告げた。
そのときだった。前を歩いていた少年の顔が見えない何モノかに食いちぎられたのだ。何かとても大きな力によってありえざる方向に彼の顔が捻じ曲げられたかと思うと、彼の顔が半分、左目のある位置を抉る様に噛み千切られた。彼は声を上げるまもなくその場に倒れた。死んでいた。彼は死体となって、どさりと倒れこんだのだ。
神主はそこに残ると言い、私たちに人を呼んでくるように頼んだ。私は少女を背負い、刈谷が前を行く形で宴会場である神社まで走った。無我夢中だった。何か得体の知れないものがすぐ後ろをついて追ってくるような気がした。振り返ると、神主がじいっとこちらを見つめているのが見えた。私たちは転がるように下山し、神社を目指したのだ。背中の彼女の重さなど気にならなかった。ただ、彼女が呟いた言葉が気になった。「テンダロサマ」彼女は確かにそう言ったように思う。一体、なんなのだろう…。
警察にはすべてを話したが、何を信じてもらえると言うのだろう。様子のおかしかった少女はその直後「おこり」のように震えながら大声を上げて涙を流しながら笑っていたのだ。今考えてもぞっとする。この一連の儀式は形式化された歴史の残照なのではない。今ならはっきりとわかる。これは「祭」ではなく「祀」なのだ。先史時代に、地球のありとあらゆる場所で行われていたであろう「儀式」だったのだ…。
すべてが恐ろしい。すべてが恐ろしい!今年の祭は失敗に終わったのだろうか。否だ。今年の祭こそが成功だったのだ。息を切らして刈谷と私ががこの恐るべき出来事を宴会場に伝えたとき、そこに湧き上がったのは恐怖だったか?驚愕だったか?否だ!歓声があがったのだ!
48年前に成功したきり、この祭は成功しなかった。山に潜む何かは供物を受け入れなかったのだ。供物は少年だったのだ。少女の役割こそが神と人との交信を司る巫女だったのだ。
そして私が恐ろしく思うのは、それを歓声とともに受け入れる町の人たちだ。彼らの表情は、歓喜だった。紛れも無く喜びだったのだ。一片の後悔や慙愧といったものはそこには見出すことが出来なかった。そこにあったのは自らの生活を保障されたことを安堵する町の人々の姿だった!
ああ、そして私が恐ろしく思うのは、この祭りが中止になってしまったとき、警察の手でこの祭りの手順が何か事故や事件の起こりえない方法へ変えられてしまったとき、祀られなかったモノは一体どうするのだろうということだ。捧げられるべき供儀が捧げられなかった時、いったいこの土地はどうなってしまうのだろう!!
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